オンライン定期試験に思う。

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 今日日(きょうび)のオンライン教育は様々な課題に直面している。講師がどのようなパフォーマンスをするかと言う点も(調べたらComptiaに資格まであった)そうだが、1番の問題は試験ではないだろうか。

 現状から見ると、大学側も色々な方式を模索しているようで、僕が経験+見聞きしたパターンも二種類ほどある。ほど、というのは、監視方法が少しだけ違ったからだ。

 これまでに体験したのは1種類強で、やり方はほぼ同じ。Blackboardシステムを利用し、そこに何らかの監視用窓口を設けるもの。これはTEAMSかZOOMかでやり方が分かれる。ただ、やり方は非常に単純で、Blackboardで回答し、その姿をビデオで撮影監視するというものだ。

 オンラインが故の形式的な手段であるが、おかしな挙動をする学生を発見するという目的だけなら間に合うし、質問もできるので学生には便利と言える。特に、科目によっては資料閲覧もできるので、互いにお約束の試験が進行される。もちろん、問題は思考を要するものなので、教科書を見たところで直接回答が出ておらず、よしんば参考資料を参照したとしても、結果には大きく影響することはない。

 話は逸れるが、その中で一番困ったのは、「問題についてビデオで答え、それをアップロードせよ」というものだった。試験時間は2時間半、まずBlackboardで問題を確認し、答えを考え、ビデオで顔出しで答え、一本にまとめたものをMSのストリームサイトにアップロードして、閲覧権限を講師とTAにセットしたら、そのURLを提出するというものだった。これはオンラインの時代には非常に効果的な試験方法だった。オープンブックだが、要は持っている知識をうまく使い切らなければ答えは出ないし、そして自分の顔出しでビデオにしないといけないから、余計に理解が試されるわけだ。むちゃくちゃ焦って映像を撮り、編集して提出したことはまだ記憶に新しく、結果は確かD(77点くらい)だったので、方法論として好感できた感がある。変な試験よりも頭を使う上、自分で話さないといけないから知識も定着する。個人的には、この方法が一番勉強になると感じた。充実感もおまけでついてくる。

 そして、その対極にあるのがProctorUだと思う。ProctorUは、既に一部の外国系の試験には導入されているが、ProctorU社の監督者に対して画面の監視権を明け渡すことで成り立つ、個人的にはリスクの伴う(セッティングを変更することによる)試験だ。この試験に関しては、既に多くのレポートがブログの形で紹介されている他、受験経験をお持ちの方も多いのではないかと思うので、特に異論はないが、学生の評判は非常に悪い。

 言ってみれば当然のことなのだが、Proctor(試験官・監視者)が試験会場にはつきものであり、確かに機能的にその役目は果たしてくれるのだが、何かあるとチェックが入るので、変に神経を使うようだ。例えば、同じルーターを使っている機器のアクセスまでチェックが入り、「お前〇〇見てたな」というニュアンスの記録が残るという話も伝わって来ている。オフィシャルサイトの案内ではそこまで強調されてはいないが、多分何処まで権限を与えるかによるのではないかと思われる。

 幸い、今回受けた試験では、セキュリティの試験だけあってか受講中の学生の反対が強く、ZOOMによる監視と環境チェックが行われた。僕は「何もない場所」を見つけるのが難しいので、風呂場を綺麗にして、風呂桶の板をテーブルがわりに試験を受けた。これはZOOMでも同様で、携帯電話や本、パッドなどを遠くに置き、手元にはラップトップだけという状況であることを見せ、学生証を確認してもらい、試験が始まった。

 試験は確かに厳しく、想像で答えるしかない部分も多かったが、「とにかく全部答えろ」というので、なんだかんだと書き込んでおいた。結果に結びついたかは知らないが、逆に毎回試験を受けていて、トイレと同じような気分になるのを嫌に感じている。単に溜まったものを出して流すだけ、そして便通を改善するでもなく、結果しかみられない。もし本当に学校のことを思うなら、100点にするには何が足りなくて、どう勉強すればいいかまで指導してしかるべきだと思うのだが。

 一人一人の感じ方は違うので、断言はできないが、僕らがバラバラな場所にいる時点でメモのわたしあいも相談もできなくなっており、こうした試験で「監視」を導入する意味があるかどうかは怪しいと思う。僕個人はといえば、試験は全部オープンブックにして、教員も頭使って出題して、互いに火花を散らすような試験が一番理想的だと考える。学問とは、本来そういう刺激的な存在でないと意味がないし、教員や世界を唸らせるのは知識ではなくて思考の手順が如何に面白いかだと思うからだ。全部が推理ゲームのような試験だったら、学生も本来の能力を発揮できるというものだ。もちろん、ダメな者はダメな者ではっきりすることだろう。

 その意味では、今各大学がやっている定期試験というものは、なんとも無味乾燥で意味のないことか。日本はもっとつまらない試験がたくさんあるが、自由なイメージの欧米でもこのような体たらくなのだから、世界が停滞するのも仕方ないのかな、と落胆してしまう。振り返ってみれば、渡豪して様々な試験を受けたが、結局一番良かったのはグループワークだったと思う。オンラインながらも複数の学生と知り合えて、何度も話す機会ができる。そして、もしかすればいつかは出会うこともできるのだろう。しかし、今のままの試験のやり方では、結局誰とも知り合えずに終わってしまう。これでは刺激などいつまで経っても受けられない。

 その意味で、グリフィスは好感が持てた。もちろん、それはいきなりオンラインになったことでの副作用だったのだが、僕はいわゆるオンラインコースはオンキャンパスのコースよりもインタラクティブであるべきだと感じている。それゆえに、オンライン時代のソリューションとして、期末試験としてのグループワークがもっと広まることを願わずにはいられない。

 あれこれ考えるに、学びのイノベーションというのは、案外難しいのかもしれない。なんとかできないのだろうか。

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