
いつか書いたかも知れないが、こちらの教育は一大産業であり、サービス業としての認識とルールが確立されている。アジアのように先生が偉くて交渉がしにくかったり、受験前にビデオで通話なんてとんでもないとか、失礼とか言う話が全くないのは英語文化のいいところだと感じる。
英語コースにいる頃も、「学校は学生の声に敏感だ」との話を講師から聞かされていたし、院に入ってからもプログラムディレクターや学院長とメール交換をすることは当然のコミュニケーションで、学生も「教え方がまずかったり、試験で変な評価が出たらクレームをつければいい」というスタンスが当然のこととして受け入れられている。もちろん、教員相手でも名前で呼ぶ。たまにProfessorと呼びかける社会人学生もいるが、僕の現状はHi / Hello / Dear James(仮名)がメールの書き出しであり、相手もHi / Hello / Dear Kenjiと返信してくる。外国人がよく注意されるのは、ここで何も書かずに宿題を添付してきたりするところにあるらしいので、挨拶などを書いてから本題に入る。
こういうスタンスから日本を見ると、日本は確かに未開の社会に感じるし、豪州というか欧米圏の名前の扱いの違いを感じるものだ。
日本で例えば竹中平蔵に面と向かってヘイゾー!と呼ぶかけたら、多分面白いくらいに怒ってくれるだろうし、総理をヨシヒデ!と呼んだら無意味な膨れっ面をされるに違いないし、SPが飛んでくるかも知れない。それか、「さん」とか「ちゃん」をつけないといけないルール縛りがあるから、同僚でも名前で呼ぶことはないと思う。そう考えると、日本というのはつくづく息苦しい社会だと思うし、そこで生活していることをバカバカしく思う。来年帰国したら適応できるのかしらとか不安にもなる。
ただ実際には欧米スタイルであるべきだと思うので、もし教員にでもなることがあったら、そう言うルールで試してみたいものだと思う。学校がぶち壊れて面白くなること請け合いだし、実際そういう場所にならないと、学問の成長はないだろうと思う。
大学時代、すでにアクティブだった僕は、学長にも苦情をねじ込んでサシで話したこともあったし、別学科の主任教授などとも学バスの中でよく話していた。学長室で話していた時には、その場に入ってきた学務部長なんかが驚いた顔をしていたのを今でも覚えている。前世紀の話なので、僕も若かったし、流石に名前では呼ばなかったが、付き合いは色々広がったし、学校を様々な意味で利用することができていた。
ただ、学校は顧客である学生に奉仕する場であって、教職員が偉ぶるだけの場所ではないという「サプライヤー対顧客の関係」は日本人の意識には育っていないので、その辺をどう変えるかは今後課題になってくるはずだ。そして、それが実現できない限り、学校教育の改革などあり得ようもない。学校はサプライヤー、学生は顧客、そんな構図が出来あがれば、日本の教育も社会も変われるはずだ。
さて、かなり引っ張ってしまったが、そんな前提と意識の中で、今度は会ったことも授業を受けたこともない学校の先生とビデオ通話することになった。いきなりメールを送りつけ、最初から名前でやりとりが始まった。しかし、ビデオで対面となると、こちらもいささか緊張するものだ。質問をちゃんと用意しておかなければならないからだ。それなりに会話が成り立つようにはなってきたものの、まだ辛い。
実際に話す前には、少しDeepLで準備をしておいた。なんとなく話せることは増えてはいるのだが、確実に答えを得ないといけないものは、英文自体を作り込んでおかないと心許ない。
対話にはTEAMSを使おうとしたのだが、なぜか相手の映像も音声も届かず、結局はSKYPEが用いられた。10分ほど無駄にしたが、最後は無事に繋がり、話すことができた。
気の良い先生で、たっぷり時間を使って色々と説明してくれて、疑問に対する答えに関しては大体の青写真を描くことができた。
話では、その先生の学校はグリフィスと違い、元々が完全なオンライン、オンライン授業は毎週リアルタイムで1時間ほどで、その他は全部SWAYなどで提供されるマテリアルを使って予習をしっかりした上で、オンライン授業に臨むことが求められるそうだ。もちろん、質問はいつでもして良い。また、テキストもデジタル版が図書館にあるので、それを使えば良いとの話だった。グリフィスではオンライン授業が毎回2時間から5時間くらいあったので、ちょっと違った感じを受けた。コースが最初からオンラインで、それも2019年にできたばかりの専攻だと聞くにいたり、なるほどと思わされる部分もあった。修士課程の学生がまだ卒業しておらず、博士課程もない。色々質問していたら、結局1時間半くらい話していた計算になるのだが、よく話が持ったものだと思う。そして、初対面なのに色々一生懸命教えてくれた先生には大感謝だ。
これまでに書いた分、書いていない分を含めて、様々な教員とメールの交換をしてきた。もちろん、全部が自力ではなく、DeepLの力は一杯借りているが、それでも用は果たしてきた。こちらに来ることを思い立って2年経ち、完璧ではないにせよ、少しは用を足せている感じがしている。少しは進歩もしているのだろう。
学生と知り合いになれなくても、理由をつけて先生と会話をするのはアリかも知れない。でなければ、本当に何をしにきたのかわからなくんなってしまう。でも、このままでは、その状態を抱えたまま帰国することになりそうで怖い。
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