補助金制度。

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 コロナは大きく世界を変えた。これを中国の陰謀と考える向きもあれば、各国がそれに乗じて政治利用しているとする向きもある。しかし、我々のような庶民は、そのどちらにも手出しなどできる訳もなく、その流れの中で「困難(これをネタに儲けている企業や国家もあるが)」や「しぶとく生きる術」を共有すべき時期にある。

 こうした時代はそうそう巡り合えるものでもなく、我々がそこに生きていることは、謂わば我々を時代の活き証人としてあらしめる得難い流れだと受け止めているが、このままずっとこれでは堪ったものでは無い。街の人出は確かに回復しているが、ビジネスが全部回復した訳ではなく、すでに大きく打撃を受け、新たな雇用には結びついていない。全ての人々の生活が2018年レベルまで回復するまでは、まだまだ長い道のりを歩まなくてはならない。なんだかんだ言いながら、多分再来年までかかるだろう。山火事去ってコロナあり、この一年の豪州は踏んだり蹴ったりだ。

 そんな状況の中、グリフィスに入学して以来、学校から奨学金は貰っているが、それでも現在のクラスの質には満足していないし、リビングコストもガンガン嵩んでいる。定期収入が途切れている今、全てを解決する手段は「仕事を探す」ほかないが、年齢的に厳しくもある(もちろん「退学」も手段の一つではある)。誰かが貢いでくれるでもなく、全ては預金頼みになっている状況は、見方を変えれば極めて危ない橋を渡っていることになるので、実際心中覚束ない。

 不安が色濃くなる中、僕は学校の補助金制度を見つけ、毎回応募するようにしている。この制度は、学期初めに毎回ネットで窓口が開き、上限が2000ドル(日本円では15万円程度)の生活補助が支給されるものだ。この額は僕の生活圏内では1ヶ月の生活費に相当する程度のものだが、それでも確かに助かるは助かる。今回は3回目の支給になり、合計3ヶ月分は助けてもらったことになる。これをもしも学費だけで換算するならば、1学期目は6割強引になっているので、正味生活費だけを支払っているような感じになってはいる。

 申請には、まず①理由の説明、②支出を証明する資料(領収書など)、③その他の書類が必要になる。それが受理されると、今度はメールが来て口座番号を入力するページを案内されるので、リンクをクリックしてそのページに遷移、口座番号を入力する。そこから確か3日ほどでお金が振り込まれるようになっている。

 ポジティブに捉えるなら、とりあえずは出来うる限り回収がはかれていることになるが、これまでの生活感覚からすれば、これほど家賃で焦ったことはないので、人生で初めて「困った感」を感じている。困難でも困惑でもなく、単に「困った」だ。その上、この問題は解消されないので、無理やりにでも楽しみ方を考えなければならない(補助金申請のプロセス自体が「楽しみ」になってはいるのかも知れないが)。ちなみに僕自身の中ではソリューションがすでに提供されていて、そのゴールまでの必要条件はほぼ出揃ってきているので、その結末に向けてコマは進めているが、逆に現状の世界の動かなさに、虚しさを覚えている今日この頃だ。

 そもそも、この制度はいつまで継続するかの保証がない。他の学校の事情もよくわからないが、州政府も絡んでいるので、多分各大学でやっているのだと思う。制度がない学校にいる場合は、州政府の制度を利用する手もあるようだ。また、奨学金は色々用意されていて、学校に問い合わせることもできるが、一部を除いて狭き門になっている。グリフィスの奨学金も枠は何十人という噂なので(僕は40番台だった)、ありがたく貰ってはいるが、そんなに気前よくくれている訳ではないらしい。しかし、それでもこの状況ではなお焼け石に水なので、困ったものだ。他の奨学金は、どうも日本人にはあまり提供されていない。国籍不問のものを探そうとすると、世界中の業界奨学金などがあるにはあるが、そんなに優しくくれるものでもないので、コスパ追求型の方には十分な調査をお勧めしたい。その意味では、このタイミングで豪州国内にいて、偶々こういう補助金制度が利用できることは、ある意味幸運なのかも知れない。また、今年と来年は各学校で15〜20%の奨学金が提供されるので、よっぽどこの国が好きだという人は、このタイミングで応募するのはお勧めでもある。ただ、そうした奨学金があっても、結果として何倍ものお金がかかる仕組みは変わらないので、日本でやった方がマシじゃね?というのが本音だ。

 何事もコスパで考えるのは良くないと思われるかも知れないが、実際に「商品」としての授業を受けてみると、本当に大した内容は話していないので、日本でできることは日本でやった方がいいと思うのは自然な成り行きだと考えているのだが、皆さんはどうお考えだろうか。英語コンプレックスをやめて、誇れる豊かな日本語を話せるようになる方が大事だと思うし、技術レベル的にも、日本はそこまで落ちてはいないはずだ。

 「来るな」とは言わない。でも「来るならそれなりに下準備が必要だ」と言う点は、誰からも否定されることはないだろうと思う。

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