[授業④]産みの苦しみ。

ドラえもーん😭

 今日の授業は泣きが入った。分からないものは分からないからだ。

 今日お題はCryptography(暗号理論)。シーザー暗号からヴィジュネール暗号、そして現代のRSA公開鍵・秘密鍵まで、さらりと流れを見た上で、実際に与えられた暗号をプログラムでデコードするにはどうするかという内容。レクチャーの方は文学的なお話でついて行けたのだが、チュートリアルはハンズオンの実験になり、手元のVirtualBoxで操作しなくてはならない。

 前も書いたが、すでに経験者はおり、別に解説もなくできる御仁もいるので、なんとなく焦りが出てくる。出来ない学生もいるのだが、説明は割としっかり書いてあるので、結局英語力がものを言い、不器用な外人の僕は取り残されることになる。今日は出席者も減って来ていたので、履修を諦める学生もいるのだろうと思う。だが、僕は必修なので逃げようがない。

 同級生は優しくて、「あとで連絡するよ!」と言ってくれたのだが、僕はとりあえずそのまま先生と連絡してヒントをもらい、答えを出すことができた。システムから帰ってきた答えが「人間の読める言葉(手順を間違えると文字化けの嵐になる)」だったので、喜び勇んでレポートに書き込み、システムから提出した。便秘明けの気分だった。

 その後、その同級生ら(2人)がメッセージを送ってきて、色々と身の上話を始めた。それぞれゴールドコーストにはいないようだったが、この時代居場所は問題ではない。それだけに、こういう繋がり方は理想なのかも知れない。要は言い方は古いがメル友がたくさんできるのだ。そして、来年になれば学校全体で「メル友に会いに行く」状況が生まれる。ある意味、情報の閉塞した、しかし技術だけは進んだ状況が現れたことになる。しかし、これは奇しくも中国に渡った頃の感覚と共通している。当時はチャットソフトが流行し始めた時代で、それを媒介に色々な人に会い、その後今まで続く関係もある。それが、何度もの質的変化を経て、今日、また新たな出会いの場と化しつつある。それは出会い系とかではなく、共に苦しむ場としてだ。快楽は腐敗を育むが、苦しみは同志を生む。

 それがどんな効果を生んでいくのかは、来年にならねば分からないが、この時代と状況ならではの興味深い関係を生んでいくのだろう。 

 単位をとり、学位をとることは苦痛を伴う作業だ。しかし、「この時代」に日本でも中国でもなく、南半球のこの国で新たな勉強を始めている自分を楽しむ自分がそこにいる。そして僕は、苦しくても毎日何かを生んでいかなくてはならない。文字にしても、ビデオにしても、全てが同年代に向けたメッセージであり、日本の閉塞した社会への問いかけになればと思っている。

 人生、最後に何を生むかは誰にも分からないのだ。

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