2022年2月、国境は開けるのか。[最後の段落更新]

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 豪州の観光大臣が言うには、「国境は後一年は開かない」とのことなので、豪州の大学ビジネスは完全に行き詰まりつつある。これはまさに30年間に渡って留学生を食い物にしてきたことが招いた自業自得な結果だ。その周辺の話を分析した記事も出ているが、豪州の大学はこれに懲りて新たな方策を練るのか。

 ただ、ここにきて来年という目標ができたことはめでたい話で、ほぼほぼそこに焦点を合わせたビジネスプランは練ることができるのだと思うのだが、問題は今回露わになったこの国のつまらなさにあると思う。はっきり言って、この国はある意味計画系座的なルールバブルを作りだすことで生き延びてきた。その性格は住環境、通貨、制度、サービスなど、あらゆるところに宿っている。そして、元々英国の属国でありながら、米国の移民モデルで人口を増やし、教育ビジネスとPRと国籍とを一本の線の上に置くことで成り立っていたのだ。

 しかし、今回体験してみてわかったのは、何度も言うようだが「教育のレベルは大したことがない」という点だ。何事も世界の先端の二番煎じであり、特筆すべき・・・と言ったら、多分日本も中国もそんなに変わらないのだろう。「豪州の教育水準は高い」とする常識はどこから来るのか。授業ははっきり言ってどこも変わらない。オンラインになってからは、下手をすれば一クラスに600人もいるような教室では、それぞれの才能を伸ばす教育などあり得ない。研究論文もアジア人に多くを頼っている。要は、入学時のGPAの嵩上げをすれば、どの学校でもいい学生は入ってくるし、その学生の学習能力や地頭力が優れていれば、飲み込みも速く、伸びも速いのだ。となればイノベーションとか、学術成果が出て当たり前になるのだ。更に、論文数が大学のランキング評価基準になることから、論文を書きまくるアジア人、特に中国人教授はモテモテだ。なにしろ豪州人教員は研究などしている暇がないくらいに学生サービスに時間を割かれているからだ。そこで、ないものを中国人教員で埋めることで、ランキングをあげているのだ。当初学校の教員ボードを見た時、約三分の一が中国人教員なのを見て驚いたが、後々話を聞くとそのカラクリが見えてきて、苦笑するほかなかったのを覚えている。

 しかし逆に、日本でいう偏差値で振り分けられた学生ばかりにマーケットを絞るような客集めをしていたら、本当の紛れ当たりでしか「優れた学生」が出ないのは当たり前だ。僕もグリフィスに入る時や、他の学校に行く時など、GPAを参考資料に出したことがあるが、それだって僕が学部で6.7、修士で6.53、博士で7(7ポイント制、平均6.74)を取っていたせいで、当然の如く何も問われずに入学していた。そこで例えば僕が何かとんでもない成果を収めたとしたら、そんなもの学校のせいでもなんでもない、元々そう言うレベルの学生しか取らないからそうなるだけなのだ。そう言う流れで言えば、他の学校も全部こういう風にすれば、とっとと優秀になっていくことは想像に難くなく、それをオーストラリアの学校の教育レベルと結びつけるのは間違っていると言うものだ。

 その意味では、日本でも同様に、偏差値などと言うものハードルにした弊害がここに出てきている。日本はまさにそのドツボにハマっているのだ。僕の出身校などは、この30年で偏差値を10も落としてしまい、当時は中堅校だったものが、今では正真正銘の四流校になってしまった。これは学校マネジメントの問題であり、数字に踊らされた学生と高校教員がそこに自らを嵌め込んだ末の悲劇とも言える。卒業生としては、損害賠償を請求したいくらいの悲劇だ。 

 さて、そんなマジックの中で成り立つ大学という世界は、どれほど信用できるのか。日本の何倍もの学費を払って豪州の大学にくる理由がそこにあるのか。

 環境、コアラ、カンガルー、アボリジナル、さて、それ以外のどこに価値を見出せるのか。いきなりサクッと国境を閉めて、長期ビザで学ぶ学生を締め出したこの国に、いざ国境が開いたからと言って、ホイホイと戻ってくる学生がどれだけいるのか。冷静に考えれば、かなり絞られた人数しか返ってこないのでは無いだろうか。

 僕自身はといえば、残念ながら戻ることはないと考えている。というのも、今学んでいる専攻に博士課程がないのだ。この専攻はどの国にも博士がなく、ある意味実践あるのみとなっている、非常に残念な専攻だ。もしも、この数年で博士課程ができて、それが豪州にしかない、という状況が生まれた時は、再度その可能性を検討するだろうが、そうでなければ、せいぜい旅行か学会参加でしか行かない国になっていくのではないかと思う。

何かおかしい。ーーーそんな感覚は多くの外国人がこの国に対して抱いているものだ。その違和感を解消できる国になれるかどうかが、今後の教育産業と国家の行方に影響してくるはずだ。まだ、挽回の余地は残されている、と思うのだが、さて、豪政府はそれに気づけるのか。

※なお、先程「元WHO専門家が豪州は国境を完全に封鎖すべきとコメント」との記事が出ている。今後しばらくはより厄介な状況が続くと思われる。

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