[旅行記]ケアンズ行。

ポートダグラスの浜辺
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

 ケアンズに行ってきた(今日はキャンベラ)。

 行くことを決めたのは11月下旬、帰国判断の後、しばらく経ってからのことだった。というのも、その前にキャンベラに将来の指導教官に会いに行くことが決定しており、そんなに出て歩く必要も経費もないように考えていたからだ。

 しかし、最近はコロナ騒ぎのお陰で、嫌に旅行が面倒になりつつあり、いきなり別の州に行くことに躊躇いが出てしまい、キャンベラに行く前に、クイーンズランド州の内側で禊を済ませようという判断になったのだ。ただ単に気が小さいだけかも知れないが、日々刻々と変化し、容赦なく州境を閉じてしまうこの国のやり方が身に沁みていたので、行くしかないという方向に気持ちが傾いていたこともある。何より、今回帰国したら戻ってくるのも難しいし、他の都市に行こうなどとは考えないだろうからだ。

 とりあえずまず先に動いたのは、キャンベラ行きの予約だった。飛行機を押さえ、そしてホテルを押さえる。しかし、ここでもう1つの理由が頭をもたげた。SPGカードの無料バウチャーだ。これは毎年クレジットカードの会費を更新する度に、一泊分のチケットをもらえると言うものだが、流石に出不精の僕には使いづらいもので、持て余していたのだ。それをこの機会に使おうというわけだ。

 そこでキャンベラとケアンズの両方を調べると、ケアンズの方が少し高級らしく、利用ポイント数も高かったので、それを使うことにした。そしてキャンベラまで同じチェーンを使う流れを無意識に作ってしまったのだ。

 ケアンズでまず予約したのは、ポートダグラスにあるリゾートホテルだった。こちらはケアンズで唯一の選択肢として検索アプリに出てきたホテルで、他に選択肢はなかった。SPGの関連ブランドは幅広いのに、ケアンズも、キャンベラも、なぜか選択肢はそれぞれ1つ。カニバリズムが起きなくていいのかも知れないが、なんだか寂しい。その結果、リゾートがどうとかを全く考えないで普通に準備を進めてしまい、現地について狼狽えることになった。

 空港には頼んでおいたリムジンバンが来ており、無言で1時間ほどの旅となった。途中は携帯の電波も届いていないような場所を通ってホテルに向かう。基地局がカバーしていない土地はまだまだあるようなので、こんなんで大丈夫なのかこの国、という思いに駆られる。

道中見えるのは海と林だけ。
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

 ホテルはと言えば、敷地内、というか1階の部屋全部がベランダ・プール直結型で、水着を持っていないとまるっきり施設を無駄にしてしまうデザインだった(自動アップグレードのお陰かもしれないが)。僕は当然の如く何も持たずに出かけたので、部屋からプールを眺めるか、浜で波やカニを見るかの選択肢しか残されていなかった。

客室外観。
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

 夜はとっとと真っ暗になるし、食事も部屋で取るくらいしか能がない。近くの町まででれば良かったのかも知れないが、空港からの「長旅」で披露していて、結局部屋で全部済ませて寝ることにし、少し散策をしてみた。ホテル敷地内の探検だ。

サイネージはノリノリだったが、他はそうでもなかった・・・

幸い部屋は広かった。というかゆったりしており、南国な間取りだった。なので、部屋について最初に発した言葉も「思いっきりリゾートじゃねえかこれ」だった。どうもこういうホテルの部屋はパターン化していて、前出張で行った海南島のリゾートでも似たような構造だった記憶がある。

リゾートじゃねえかこれ、な部屋。
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

まあタダなので何とも言い難いのだが、逆にしっかり下調べをしなかったことを後悔した。水着とか、持ってくるべきだった。サンダルも念のための自宅のスリッパしか持ってこなかったので、なんだか違和感たっぷりだった。仕方ないので浜辺に出て波を見たのだが、その時、浜辺を埋め尽くす大粒の砂の球に気がついた。

謎の砂球。
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

 でかい結晶なのかと思ったら、踏めば潰れるではないか。そして、そこかしこに穴が開いている。何かいるのか?と思っていると、そこかしこで小さな動きが目についた。そこで、僕は砂浜にしゃがみ込んで動きを観察することにした。すると、結果は意外とすぐに現れた。この写真に見える穴から、小さなカニが出入りしていたのだ。この砂球は、彼らの労作だったのだ。要は地下に巣を作る途中での作業の成果な訳だが、潮は毎日干満を繰り返すものであり、こういう努力は瞬時に消えてしまうものだ。案の定、夜には満潮になり、全部が海水に覆われてしまったので、彼らがなぜこうした作業を繰り返すのかは謎のまま終わった。

 翌朝は、これまたバウチャーについていた食事を楽しんだ。

朝食のパンケーキ(あと二品あった)
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

 そこから浜辺に向かったのだが、しっかり満潮で、雨も降り出し、前日の午後のように浜辺でカニ観察をするような余裕はなかった。

 そこからは、敷地内で写真を撮り歩き、昼にはチェックアウト。またシャトルバンに乗り込み、空港へ。というのも、空港まで出てウーバーを呼んだ方が安上がりだったからだ。空港までのバンでは、他にも五人乗っており、さらにそのうちの2人は途中下車という変則的な動きをしたので、往路とは全く違う風景を見ることになった。

 空港に着くと、すぐさま次のホテルに向かうためにウーバーを呼んだ。10分くらいの道のりだったので、ダウンタウンなのがわかったが、これまたなんにもないとしか言いようのないブロックにホテルが固まっていた。僕の二日目の宿はいわゆるデザイナーズホテルとでもいうべきスタイルで、随分と見た目に拘っているホテルだった。

スカしたホテルだった。
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

 名前はベイリー・クリスタルブルック・コレクション。詳細はネットに譲るが、部屋は狭くて、一泊目とは比較にならなかった。清潔度も劣り、部屋の備品すら満足に揃えられていなかった上に、ホテルの各部門(レストラン)もコロナのせいで閉まっていて、あまり使い物にならなかった。値段は一万三千円位だったろうか。これでは半分くらいの価値しかない。が、現地に着くまでそれはわからないのだからどうしようもない。とりあえず全機能を稼働させていたシェラトンは、シェラトンだから、ということなのだろうか。今回は小さいだけに小回りが期待されるホテルでありながら、それができていなかったのは残念至極だ。

気取った感じの木製の部屋のキー。
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

 そのような次第で、食事は外に出る他なかったので、近くのレストラン街を散策したのだが、そのオチはベトナム料理屋だった。

定番のフォー。
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

 日本でもよく食べていたフォーを二食も摂ることになるとは思わなかったが、他に味が確かそうな店もなく、ケアンズくんだりまで来て、フォーばかり食べる羽目になった。夕食はカップ麺という体たらくだ(今になってよく考えたら全部麺だ)。

 というのも、夜はナイトマーケットにでかけたのだが、なんだか屋台村の延長のような場所で、すっかりガッカリさせられたのだ。これならカップ麺の方がマシだ、と、GCでも使っているIGAに飛び込み、そこでカップ麺を買ったというわけだ。

 観光はといえば、下調べをしなかったのと、「試しに行ってみるか」というノリだったことが祟って、あまり多くの場所には行かなかった。なんだか名物もあったらしいのだが、行ったのは近所の美術館と、海辺の公園だけだった。ただ両者とも掘り出し物な場所ではあり、そこそこに楽しめたので、僕のような引きこもりにとっては上出来な旅だったのかも知れない。

誰が見ても美術館。
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

そこからはGCへの引き揚げが始まった。チェックアウトが12時だったのだが、飛行機は5時という間抜けなブッキングをしてしまったので、空港でダラダラすることになった。クソ暑い空港の外側で鳥を見ながら過ごした時間は、体を緩めるには良かったような気もしている。

近寄ってきた鳥。
©️2020 Dreamtime Graffiti Project

 これまで何回か鳥の話をしている感じがするが、この国は鳥と人の距離が近い。向こうは保護動物なことから、我が物顔で動き回り、逆に人間が遠慮して暮らしている。そんな環境なので、毎日外出する旅にバス停でデカい鳥にあったりするのが日常だ。生活圏にはオオトカゲもいるし、カモもいる。今日は野ウサギにも出会った。何から何までそんなノリの国なのだ。

 空港では食料を買い込んでジェットスターの飛行機に乗り込もうとしたら、日本人のグランドスタッフに「コーヒーと紅茶は持ち込めません。こちらで『終わらせて』下さい」と言われ、仕方なく水筒に詰め替えて持ち込んだ。しかし、「終わらせて」というのはFinishのことなのだろうか、現地に長い日本人は日本語もおかしくなるようだ。ジェットスターの印象はすこぶる最悪なので、このくらいでめげることはないが、もう少し柄のいい日本人を雇わないと、長い目で見て日本人は納得しないだろう。

 GCに帰着した後は、初めてバスでアパートに戻ってみた。意外と単純な路線だったので、キャンベラから戻る時もその方法で帰ろうと考えている。しかし、もうすぐ帰国のタイミングでそんな路線に気づいた僕というのは、どうもやはり外出という作業が苦手な人種なのだろうなと思う。その意味では、オーストラリアという国での一年は少しは「鍛錬」になったのかなとも感じている。

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