オリエン終了。

 ど早起きして学校までの道を確かめた週後半のオリエンテーション。ボンド時代よりも2時間早い始動なので、えらく疲れる。

 今日はキャンパスツアーに出かけ、構内のイメージを掴み、更に教室内で数名と話すような機会がつくられた。しかし日本人はあまり喋らないので、チリ人と中国人とばかり話していた。中国人学生とはもちろん中国語で話していて、英語の勉強にはなっちゃいない。というより、人間とは効率を求める生き物なので、僕としてもほぼ母語である中国語を使わずに中国人と話すなんてあり得ないのだ。

 チリの学生夫婦(多分)の男性の方は、ドラマIZOMBIEの解剖室のお兄ちゃんのような雰囲気で、最初はインドの人かと思っていたら、「チリです」と言われ、「あの南極にいく船が出ている国?」と聞いたら、「あれは現地の住民しか乗れないあるよ」と答えられ、なんだか変に盛り上がってしまった。でも、英語力はまだまだのようで、表現に詰まることもしばしばだった。

 同じテーブルの日本人はあんまり喋らないので、仕方なく遠慮なくこっちだけで盛り上がらせて頂いたが、やはりこういう場は嫌われても喋らなければ損なのだ。語学をやりに来て、誰とも話さないというのはあり得ない。もちろん、インド訛りのような問題はあるにしてもだ(申し訳ないけどわからない・・・)。

 中国人学生の子とは、結構ぶっちゃけて話した。すぐに色々話せる辺りは、日本人にはないいいところだと思う。日本人は話しにくくて仕方ない。帰るつもりはないらしい。タイムラインを見たら、個人輸入代行も始めているようなので、まあ、どんどんたくましくなっていくタイプなのだろう。

 今日もやはり授業の具体的な内容についてはわからなかったのだが、オリエン終了後に一人で図書館のITデスクに出かけ、楽しく過ごすことができた。グリフィス大のITはボンドよりも進んでいて、構成プロファイルをダウンロードしないとアクセスできない仕組みになっている(ボンドはIDとパスワードだけでOK)。しかし、端末ごとにプロファイルを落とし、セッティングをしないとアクセスできないという厄介な状況なのに、僕のマックブックはいうことを聞いてくれなかったのだ。しかし、それを解決しようとすると、A「Bが担当」B「ダメだ。ITデスク行って」僕「ITデスクはどこでしょう」C「私に見せて」D「ダメよ、向こうに行ってもらったほうがいいわ」C「G5のどこそこへ行って」と、いく先々で無責任な対応をされ、三度目の正直でやっとG05ビルのITデスクに辿り着くことになったというわけだ。ナイスなお兄ちゃんに色々話しかけ、操作してもらうと、やはりというべきか、プロファイルが重なり過ぎてダウンロードができない状態になっていることがわかった。サクッとその余分なファイルを消してもらうと、ダウンロード画面も写真付きに変わり、プロファイルもこれまたとっととダウンロードが進み、すぐに構内の無線LANを使えるようになった。これがなくては仕事も勉強もできないので、本当に神様に出会ったような気分になった。ネットがちゃんとつながれば百人力だ。

 「マックでてこずったことが前にもあって、その時これを試したんだよね」みたいな話から始まり、ちょっとわからない単語もあったが、楽しく会話をし、問題も解決し、その場を去った。「いつでも来ていいよー」と、ナイスな兄ちゃんだった。オーストラリアっぽい性格とも言えるかも知れない。自分で使っているとわからないが、マックはまだまだマイナーなんだろうか。そもそもWindowsを使うメーカーは何十社とあるのに、マックは1社で色々こなしているのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

 そこからキャンパスを横目にトラムに乗り、サウスポートの友人の元を訪ね、しばし歓談。現地に長い知り合いはあまりいないので、何を聞いても貴重に感じる。そもそも何の知識もなく飛び込んだので、いわば毎日が新鮮な状態だ。

 グリフィスについても評価を聞いたのだが、「ガチの現地の大学に比べると、留学生対策がしっかりしているのと、学費も控えめなので、海外から来た学生が学ぶにはとてもこなれた学校だと思う」との評。それに世界ランキングでも上位2%に入る学校なので、選択は間違っていなかったようだ。だが、ホテルやツーリズムではトップクラスと言われるのに比べ、ITに関しては、QUTなどにはさすがに劣るらしく、今後の成長が求められそうだし、自分での努力も必要なようだ。

 部屋に帰ると、数日前に壊れた洗濯機が新調されていた。それもなんだかデカくなっていて、音も静かになっていた。久しぶりの豪州は、なんかサプライズが多くていい。

 夜はボンド時代よく話した子にお願いチャットをした。グリフィスのシステムに緊急連絡先を入れなければならず、「オーストラリアにいる友達の連絡先を書いてね」と学校で言われるも、そんな仲良しなんかいなくて困ったからだ。要は何か起こった際に、海外の実家の親にかけても困るだけなので、現地で橋渡しをしてくれる人を探せというものだったのだ。友達の少ない僕が唯一思いついたのが、ボンドで知り合った彼女だったので、お願いしてみた次第だ。結果としては、快諾してくれて、一件落着。英語もすごくできる子なので、万一何かあっても心強い。この国は英語ができないと何もできないので、必要に迫られる。まだ各所各所に中国系の人がいることで、僕は助けられているが、そうでなければ絶望的だろう。

 来週からは戦場になるのだが、こうして少しずつ問題を解決していくことが、全てを順調にすることにつながるはずだ。堀は埋まりつつある、ように思う。

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