中年英語の鍛え方。②精神編

 「人間はどんなところでも学ぶことができる。知りたいという心さえあれば。」とは、漫画「MASTERキートン」のユーリー・スコット先生のおっしゃった言葉(実際は浦沢氏や長崎氏なのだが)だが、この一言は年齢を経るごとに体と心に染み込んでくる。

1.学びと人生の関係

 我々は、一部の勉強の得意な人を除けば、それほどの「勉強を続けるための体力」のキープ法を心得ていない。勉強とは体力がモノを言う領域であり、学費の捻出もまた体力勝負になる。皮肉なことながら、「働かざる者学ぶべからず」と言うのも現実だ。

 だから格差は必ず出る。でもだからこそ、その機会を得た者は、機会の得られぬ人の分まで学ぶ責任がある。

2.違いの源泉は苦しみの時期

 僕の様に基礎体力のない中年にとっては、どちらも苦なのだが、逆に残れる力を全てここに注ぎ込まなければ、次の段階の力の源泉が確保できないのも事実だ。これは、人生の全てが高校大学時代の蓄積苦しみのお釣りであることを考えれば合点もいくだろう。

 今海外にいる、または日本で勉強しているのは、老若男女を問わず、この蓄積、言い方を変えれば「人生の初期資金の蓄積」が足りない集団だ。後で書くが、僕ももちろんそこにいる。

 ちなみに、初期資金の蓄積とリターン(お釣り)というのは、以下の様なモノだ。

蓄積+ お釣り+ な人

 現代社会で高収入な集団といえば士業を思いつく人も多いと思うが、彼らは高校大学時代に計画的に努力した結果、そして下積み時代にとんでもない苦労をした結果、30前後から高収入をキープする様になる。中には、そこまで行かずに命を落とす者すらいる。なので、ある意味努力の結果であり、大したもんだなと思う。

 もちろん、制度的にも知能的にも最も責任逃れの上手いグループであり、金次第なところもあるので、とんでもない奴に出会うこともあり、尊敬とは程遠いと言うか、いやに高濃度の人間臭さが漂う業界で、お付き合いしにくい人たちでもある。

 特に日本人の場合、根が冷たい上に、まずリスク回避が念頭にくる人種なので、どんな相手でもガチな友達になるのはそもそも難しい。これは、40歳をすぎて、立場を超えてなんでも言える「友人」が何人いるのか、数えて見ればわかることだろう。肩書を捨てても普段から一緒に会える「心の友」は、人生で片手いれば優秀なほうではないか。

②蓄積ー お釣りー な人

 逆に、そこをスルーしてしまって、大卒後からまずさに気づいて頑張ってきた人たちは、「面白い」人が多い。高卒も大卒も関係なく、会社の中を泳ぐ中で、様々な刺激を受け、その場で必要であったり、将来を考えて必要であったりする人が、資格や学歴に挑戦する。その結果、これまた多様な実をつけるのがこのグループだ。実はこの辺の人が一番面白い。もちろん、面白過ぎて「飛んで」しまっている方もおり、時として手に余ってしまうこともある。いわゆる「ユニークな」起業家はこの辺に多い気がする。本サイトのメインターゲットはこの集団だ。

③蓄積ーー お釣りーー な人

 と、同時に、凡庸なのもこのグループ、そこにはもっとダメなパターンも存在する。あまりに会社の流れのままに来てしまい、応用が効かなくなったり、滅私奉公の結果に私的趣味を探せない者もこのグループに多い。定年寸前になって、「定年後の趣味」を探すのもこのグループだ。

 だが、類友の原理は恐ろしく、どこかに共通点がなければ人生で「全く違うグループ」に出会う事はないし、違うグループとは長続きしないので、結局はなかなか自分のレイヤーから抜け出すことは難しい。

3.流れを変える分岐器はやはり学習

 しかし、そこでレールの分岐器になるのが「再びの学び」だ。今ではリカレント教育とか言う名前をつけて、コンセプト遊びに一生懸命な大人が多いが、実際には、ユーリー先生が言う様に、どこでも誰でもできて、さらに人間の様に裏切らないのが学びだ。どこかの誰かが言った数字努力も同じことで、結局は自分を裏切らないのは知識のみなのだ。そのボリュームが大きければ大きいほど、知識の裏切り確率は小さくなっていく。だから、人間は一生学び続けねばならず、それが安定するのが「矩を踰え」ぬ七十くらいのことになる。死ぬまで学ぶのが、本来の人間の運命なのであり、学びの絶対量が足りるまでは、人生はあなたを許してくれないと言うことを心に刻んでおかねばならない。

4.僕の場合

 ちなみに僕はどこに属すかよくわからないのだが、強いて言うなら②だ。しかも困ったことに、組織にはあまり属さず、これまで数十年を高校時代の蓄積で食べてきてしまった。しかし、常に学校の内側にいた。それは常に不安だったからだと思う。高校・大学・大学・修士・博士・大学・MBA(修士)・修士という様に、基本的にあまり途切れずに学生のままであり続けている。なので、悲しいことながらあまりお金が溜まっていない。悲しい話だが、考える機会を最近になってやっと得たことで、大嫌いな孔子の言ったとされる「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」の心境にある。もちろん、この意味において、僕はまだ朝を迎えたばかりだ。そう、四十年は肥やしだったのだ。そして、夕べがいつなのかは今以て不明だ。

5.人生は自分のもの

 周りに何を言われても、挫けては行けない。興味があるなら勉強すべきなのだ。僕も数多くの人に様々なことを言われた。だが、そういうことを言う奴はそもそも無責任に放屁しているだけで、聞く者の鼻を曲げておしまいであり、いわば害毒に過ぎない。そして、「わーいいですね」というのは「冷やかし」に過ぎない。要は興味のなさを示しているだけだ。別に褒めているわけではない。そんな言葉にいちいち反応する時間があるならば、蓄積がない分、余計によりエッジを鋭くすることに時間を使うべきだろう。だが、貨幣価値は常にインフレを繰り返しているので、そこへの金銭的な投資は歳月を経るほどに増して行くことは言うまでもない。歳を食ってリカバリーするのにはそれなりの資金がかかるのだ。

6.精神的結論として

 初期投資の大きさは、人生の楽さに比例する。が、上で述べた様に、一定のリカバリーもある程度可能であり、そのやりようによっては日常が恐ろしく豊かになるし、それがモチベーションにも化けてくることになる。現に、学びは今、僕のモチベーションになっている。

 もしあなたが②のグループに属し、まだ周囲の精神的攻撃にめげず人生の空きスペースを作ることができ、何かやりたいことを見つけ、資金もなんとか作ってやろうと言う精神的溜めを作れるなら、是非とも留学に飛び出して欲しい。

 人口構造から見ても、日本は今後シュリンクして行く。そこで、日本だけに市場を求めるのは愚かという他にない。是非とも、世界に広がる可能性を掴んで欲しいと思っている。とは言っても、どこかの英語講師のようにフィリピンに行けとか仮想通貨を買えとは言わない。「自分自身にエビデンスの伴った投資をして、自分の内部から富を生み出して欲しい」と言うだけだ。

 ちなみに、これを読んで「そんなこと言っても仕事が」「そんなに簡単にできないですよ」と言う様な言葉が浮かんだ方は、もうこのサイトを読んで頂く必要はないし、読むべきではない。日本国内の自己啓発スクールでもなんでも通って、ペインポイントを通り一遍撫でていればよく、さらにはっきり言うならば、その様な方はこのサイトのターゲット読者ではないし、共通言語もないであろうからだ。

 モチベーションの種は、自分で播き、その実を自らの手で収穫しよう。それは他人には手伝えないモノだ。そして、あくまでも自己責任で人生を乗り切ろう。それが学ぶ中年のあるべき姿だ。

中年英語の鍛え方。②精神編” への2件のフィードバック

追加

  1. ほぼほぼ私も同じような感じですが、どこかの企業でじっとりキャリアを積むことをしてこなかった分、体力以上の何かが必要な感じです。器用貧乏、私の人生もその色が濃いです🤣

  2. 自分も ②蓄積ー お釣りー です。そうでなければ中年になっても学びを繰返してはいないと思います。仕事に必要な電気、エネルギー系の資格も最近の10年で多く取得してきましたが、それらにしがみ付かずにあっさりと別の分野に自分のキャリアが変化していっているのを感じます。好奇心が勝ってしまうのです。典型的な器用貧乏のパターンを踏んでおりますが、日々ソフトウェア更新している様な状況と少しずつ目が開いて周りの景色が変化してゆく様が楽しい。とは言え、そろそろ何か集大成のまとめに入らなければいけないお年頃でありこれから大事な10年になりそうです。体力勝負とは本当にその通りで、私の場合は体力を鍛え直さないともう一回修士をやるなどはとても無理と自覚しております。今一回やり遂げたところなのでお腹いっぱいなのと、その反芻でしばらくは他に手を出さないと思われます(笑)。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

WordPress.com Blog.

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。